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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)209号 判決 1985年3月19日

原告

ザグッドイヤータイヤアンドラバーコンパニー

右代表者

カールエイチクルコウ

右訴訟代理人

浅村皓

外三名

被告

特許庁長官志賀学

右指定代理人

伊藤誠吾

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が昭和五六年審判第一四三四〇号事件について昭和五七年五月一日にした審決を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文第一、第二項同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四八年一二月一一日、名称を「空気タイヤ」とする発明につき、一九七二年(昭和四七年)一二月二〇日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和四八年特許願第一三八五三一号)をし、昭和五五年一月二四日出願公告(特許出願公告昭和五五年第三一六一号)をされたが、特許異議の申立があり、昭和五六年二月一二日拒絶査定があつたので、同年七月一四日審判を請求し、昭和五六年審判第一四三四〇号事件として審理された結果、昭和五七年五月一日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年六月二日原告に送達された。なお、出訴期間として三か月を附加された。

二  審決時における特許請求の範囲の記載

(1)  中央のほぼ環状のトレッドと、前記トレッドの両側の端から夫々、延び、伸ばすことのできぬビードに終つている一対のサイドウォールとを有し、前記サイドウォールが前記トレッドのほぼ下方に収納されるように、内方にかつ軸方向に、互に向つて折りたため得るようになつている空気タイヤにおいて、前記空気タイヤがモールド内にあるとき、各サイドウォールが前記トレッドに対して軸方向の外方でかつ前記トレッドの端とそれに組み合つたビードとの間に位置する第一の区域を持ち、前記第一の区域は、前記第一の区域とそれに組み合つたビードとの中間にある第二の区域の最大外径よりも、少くともその最大外径部でのサイドウォールの厚みに等しい量だけ、タイヤの回転軸に関して小さい外径を有するような形状となつていることを特徴とする空気タイヤ。

(2)  特許請求の範囲第一項記載の空気タイヤにおいて、各前記第一の区域内での最小径の点がトレッドの端とビードとのほぼ中央に配置されており、それにより前記タイヤがリムの上に取付けられ、折りたたまれた時、前記最小径の点がタイヤの円周中央の中心面に極めて接近して配置される折りまげ部分となるようにしたことを特徴とする空気タイヤ。

(3)  特許請求の範囲第一項記載の空気タイヤにおいて、各ビードに隣接した部分の外表面が各ビードに対して軸方向外方のほぼ平坦な面を有し、該面はそれぞれに組合わされたビードを越えて半径方向外方に伸びかつ少くとも一・九cmの曲率半径を有する滑らかな凸状表面に連なり、更に前記凸状表面が前記平坦面を前記第二の区域内の最大径点に接続するようになつていることを特徴とする空気タイヤ。(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本件出願の発明の要旨は、前項の特許請求の範囲の記載のとおりである。

2  ところで、一九七一年(昭和四六年)一二月二日公開に係るドイツ連邦共和国特許公開公報第二〇四五五二〇号(以下「引用例」という。)には、中央のほぼ環状のトレッドとトレッドの両端からそれぞれ延び、伸ばすことができないビードに終つている一対のサイドウォールとを有し、サイドウォールがトレッドのほぼ下方に収納されるように、内方にかつ軸方向に、互に向つて折りたたむことができるようになつている空気タイヤの製造方法において(第4図)、「サイドウォール部はトレッド部と一体になつているショルダー部に接したスロープ部と、直線及び平坦な中間部分と、タイヤ軸方向に隆起したタイヤ屈折部と、タイヤ外表面方向にふくれ上つた輪郭を有しビード部に至るリム・クッション部とを備えている。」、「リム・クッション部もタイヤ屈折部付近で容易に折りたたむことができるように断面厚さを考慮して設定すればよい。」と記載され、更にその第3図に、「前記タイヤ屈折部がトレッドの端のショルダー部とビード部とのほぼ中間に位置しており、かつ屈折部の部分はリム・クッション部よりタイヤ回転軸に関してやや小さい外径を有しているもの」が示されている(別紙図面(二)参照)。

3  そこで、本件出願の特許請求の範囲第(1)項記載の発明(以下「第(1)項の発明」という。)と引用例記載の空気タイヤを対比検討すると、第(1)項の発明の「第一区域」及び「第二の区域」が引用例記載の空気タイヤの「屈折部」及び「リム・クッション部」に相当することは明らかであるから、両者は、サイドウォールがトレッドのほぼ下方において内方にかつ軸方向に互いに向つて折りたたみうるようになつている空気タイヤにおいて、タイヤを折りたたみ易くするために空気タイヤがモールド内にあるときにサイドウォール部に第一の区域(屈折部)とそれに組み合つたビード部との中間に第二の区域(リム・クッション部)を設け、第一の区域(屈折部)が第二の区域(リム・クッション部)の最大外径よりも、タイヤの回転軸に関して小さい外径を有するような形状を有している点で一致し、第(1)項の発明では、「サイドウォール部の第一の区域(屈折部)が、それに組み合つたビード部との中間にある第二の区域(リム・クッション部)の最大外径よりも、少なくともその最大外径部でのサイドウォールの厚みに等しい量だけ、タイヤの回転軸に関して小さい外径を有するような形状となっているものである」(以下「形状A」という。)のに対し、引用例記載の空気タイヤでは、タイヤを容易に折りたたむことができるようにリム・クッション部の断面厚さを考慮して設定すべきことが示されているが、「少なくともその最大外径部でのサイドウォールの厚みに等しい量だけ」という限定がない点で相違する。

この相違点につき検討するに、形状Aは、サイドウォールの折りたたみをより容易にするものであるところ、引用例記載の空気タイヤにおいても、折りたたみを容易にするために屈折部(第一の区域)を設け、しかも屈折部(第一の区域)とリム・クッション部(第二の区域)のタイヤの回転軸に関する外径に第(1)項の発明と同様に差を設けるものであり、そのうえ、リム・クッション部の断面厚さを考慮してタイヤの折りたたみが容易になるように構成する思想が示されており、更に、第(1)項の発明の形状Aのように限定することによって奏する効果は、当業技術者にとつて、引用例の存在の下にあつては当然に予期することができる程度のものであることを総合的に考えると、この相違点は、当業技術者が格別の発明力を要せず容易に想到することができるものである。

4  したがつて、第(1)項の発明は、当業技術者が引用例記載の事項に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないので、本件出願については、特許請求の範囲第(2)項記載の発明(以下「第(2)項の発明」という。)及び同第(3)項記載の発明(以下「第(3)項の発明」という。)について判断するまでもなく拒絶すべきものである。

四  審決を取消すべき事由

原告は、本件出願について、審決後の昭和五七年九月一八日、「特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄する」旨の同月一七日付特許請求の範囲一部放棄書(以下「本件放棄書」という。)を被告に提出して特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄したものであり、これにより、出願日に遡つて、第(3)項のみが特許請求の範囲の記載となり、第(3)項の発明しか存在しなかつたことになるにもかかわらず、審決は、第(3)項の発明について何ら判断をしなかつたものであるから、判断を遺脱した違法があり、取消しを免れない。

以下、特許請求の範囲一部放棄が認められる理由を詳述する。

1  特許請求の範囲一部放棄を認めることの必要性

(一) 審決の結果、原告は、本件出願につき、第(1)項の発明については特許を得ることが困難であるが、審決の理由中で拒絶の理由が何ら判断されなかつた第(3)項の発明については拒絶の理由を指摘することができない程度に特許を得る高度の蓋然性があると考えるに至つたので、第(3)項の発明についてのみ特許権を得ようと決めたのである。しかし、通常の態様で特許請求の範囲を第(3)項の発明のみにする方法、すなわち、手続補正書の提出により特許請求の範囲第(1)項及び第(2)項を削除する方法は、審決後はもはや許されず、採りえないものである。

(二) このような場合の救済手段として、特許法は出願の分割(第四四条。以下、特に法律名を記さないものは特許法の条文を指す。)の方法を設けており、昭和四五年法律第九一号による改正(昭和四六年一月一日施行)前は、同条第二項で、「前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後は、することができない。」と規定していたので、本件のように審決後でもその確定前は出願の分割の方法により救済される余地があつたが、右改正後は、同条第一項で、出願の分割の時期的制約として「補正をすることができる時」と狭く限定したため、右改正規定の適用される本件出願の事案では、この出願の分割の方法によつて救済を受けることはもはやできなくなつてしまつた。出願の分割の規定は、もともと、出願中の発明の一部が拒絶されるとき、他の特許に値する発明につき改めて別の出願をすることは認められないことから、できる限り特許発明として保護できるように設けられた手続的救済規定であつたが、特許法の改正により、右のように限られた態様においてしか利用できない救済手段となつたので、本件では利用できないものとなつてしまつたのである。

(三) しかしながら、第一条は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、発明の保護をもつて目的とすることを明記しているのであるから、発明の保護の手続として特許法に具体的規定が設けられていなくとも、法律の一般論から許される範囲で発明の保護を図るのが、むしろ同法の建前であるということができる。

具体的に第(3)項の発明についてみると、審査、審判の過程において拒絶されるべき理由は何ら示されていないので、それが特許される外形的蓋然性は極めて高いといわなければならない。したがつて、このように特許される高度の蓋然性ある第(3)項の発明についての保護の可能性を探り、それに保護を与える途を拓くことは、まさしく同法がその目的としているところである。原告(出願人)が特許を欲する第(3)項の発明について、同法に何の規定もないとの理由で、具体的な拒絶の理由のないまま(換言すれば、特許要件を具備する外形を有したままで)手続上の救済規定がないとして拒絶されなければならないとすることは、いかにも不合理であり、右同法の目的にも反する取扱いとなることが明らかである。

(四) よつて、たとえ特許法に規定がなくとも、法律理論上認められ、かつ、その結果不当に第三者の権利に影響を与えず、また、審査、審判における無用、余分な審理、判断を強いるものでない限り、当然に特許請求の範囲一部放棄を認めるのが特許法の目的に合致するものである。

2  特許請求の範囲一部放棄の性質等

そこで、特許請求の範囲一部放棄の性質等について検討すると、以下のとおりである。

(一) (性質)

本件における特許請求の範囲一部放棄は、特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄するものであるから、第(1)項の発明及び第(2)項の発明を出願の初めに遡つて撤回する旨の意思表示である。したがつて、この意思表示は、被告主張の本件放棄書の不受理処分にもかかわらず、被告に到達したとき、すなわち、昭和五七年九月一八日に効力を生じ、その効果は、本件出願時点まで遡つて発生したとみられるから、本件出願に係る説明は、初めから第(3)項の発明のみであつたというべきである。

この点について、特許請求の範囲一部放棄と性質の似ている商標登録出願における指定商品一部放棄を肯定した東京高裁昭和五二年(行ケ)第一二〇号事件昭和五三年六月二一日判決及び東京高裁昭和五四年(行ケ)第五一号事件昭和五四年一二月二四日判決(以下、この両判決を総称して「東京高裁判決」といい、区別して指称するときは、前者を「昭和五三年東京高裁判決」、後者を「昭和五四年東京高裁判決」という。)は、指定商品一部放棄を撤回の意思表示と解しているが、特許請求の範囲一部放棄もその撤回の意思表示と解して差支えないものであり、また、そう解さなければならないものである。

(二) (許される理由)

本件出願は、三つの発明を併合した第三八条但書に基づくいわゆる併合出願(ただし、出願から出願公告までは四つの発明であつたが、その後の手続補正により第(4)項の発明を削除。)であり、併合出願は、出願人において自由になしうるものであるから、その特許請求の範囲一部放棄も出願人の意思により自由になしうるところである。なぜなら、そのような一部放棄を妨げる規定がないのみならず、理論上それを妨げる事由は存しないからである。

東京高裁判決は、商標法に規定がないのに指定商品一部放棄を肯定できることの根拠を、指定商品の指定が出願人の意思により自由になしうるところに求めているが、右のように第三八条但書の規定に基づく併合出願は出願人において自由になしうるものであるから、特許請求の範囲一部放棄も、特許法に規定がなくとも、同じ理由により許されると解すべきである。

(三) (手続補正との相違)

第一七条第一項は、本文において、「手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。」と規定し、「特許庁に係属」中補正できることを原則としながら、但書において多くの制限を設けているので、実質上は右原則の大半が失われる結果となつているが、これは、補正が明細書の記載を変更するものであるため、補正された明細書がその記載要件(第三六条)を満たすか、要旨変更に当たらないか(第四一条)等の判断をしなければならないところからくる制限であつて、補正の性質上やむをえないところである。

これに対し、特許請求の範囲一部放棄は、発明の詳細な説明の記載は何ら変更することなく(本件においては、既に出願公告をされているから、第三六条の要件の存在は審査上も肯定されている。)、特許請求の範囲のうちいずれかを放棄するのみである。すなわち、この一部放棄の結果、特許請求の範囲の数が減縮されるのみであり、しかも、その減縮は、外見的に明白で、特別な審理、判断を要しない。本件における特許請求の範囲一部放棄は、第三者に対する関係で第(1)項の発明、第(2)項の発明について既に発生している仮保護の権利を永久的に消滅させるにすぎないものであるから、別段第三者に不利益を及ぼすおそれはなく(昭和五四年東京高裁判決は、「一個の出願についてされる指定商品の減縮は、除外される商品については、他に法律的関係の存在を主張する意図は全く認められない……」と判示する。)、また、残つた第(3)項の発明については、審査、異議、審判の段階で既に判断された結果をそのまま採用すればよいのであるから、新たに実質的な審理、判断の負担を審判官に課すものでもない。この点、実際の審査実務において、第(1)項の発明について拒絶の理由が存する限り、本件出願自体を拒絶しなければならないので、第(3)項の発明についての審理は不要とされているのに、新たに第(3)項の発明について審理、判断しなければならなくなるから余分の負担を強いる結果になるとの議論も考えられるが、これは、本来三つの発明について審理、判断しなければならなかつたのを(それぞれの発明分の印紙は貼付ずみ)、便宜上第(1)項の発明についてしか判断しなかつたことに由来する結果にすぎないから、実質上新たな負担を強いるものということはできない。

してみると、特許請求の範囲一部放棄は、補正とは性質を異にするものであり、出願人の一方的意思表示により有効かつ自由になしうると解することができるものである。そして、右一部放棄が補正とは性質を異にするものである以上、補正の性質に由来する第一七条第一項但書の適用を考える必要はないから、同項本文の基本原則に立ち返つて、特許庁に係属中はいつでも右一部放棄をなしうると解するのが正しい。このように解することによって、第一条の目的と調和した解釈が可能となるものである。

なお、以上の点は、指定商品一部放棄を肯定した東京高裁判決の法律解釈と同様に解釈するものであるが、本件における特許請求の範囲一部放棄について、これと異なつた法律解釈をすべき合理的根拠は見出しえない。

第三  被告の答弁

一  請求の原因一ないし三の各事実は認める。

二  請求の原因四の審決を取消すべき事由についての主張は争う。

原告が本件出願について審決後の昭和五七年九月一八日に本件放棄書を被告に提出したことは認めるが、以下のとおり、原告主張の特許請求の範囲一部放棄は特許法上の手続として認められないものであるから、被告が昭和五七年九月二二日付でした本件放棄書の不受理処分(提出を拒否し、却下する処分)は正当であつて、本件出願の内容は審決時と変わりがなく、そして、本件出願のような併合出願については、その一の発明について拒絶の理由があるときは、その出願全体を拒絶すべきものであるから、審決は第(3)項の発明について判断を遺脱したとの原告の主張は、前提を欠き、失当であつて、審決はこれを取消すべき違法は存しない。

1  特許請求の範囲一部放棄を認めることの必要性について

本件出願は、昭和四八年の出願であるから、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達(以下「出願公告決定」という。)後になされる補正は、第六四条に規定する期間内及び範囲においてのみ許されるのであり、昭和五〇年法律第四六号(昭和五一年一月一日施行)をもつて追加された第一七条の三に基づく審判請求時の補正は認められていなかつた。

しかしながら、当時においても、一定の範囲で補正及び出願の分割の機会があり、当該権利を保全すべき途が残されていたのであるから、それにより対処することができたにもかかわらず、原告は、その時点では何らの主張もしなかつたのであり、審決の謄本の送達後という時機に後れた一方的意思表示により、審決という行政処分が覆されることになるのは、法的安定性の面及び行政経済の面からみても好ましいものではない。したがつて、特許請求の範囲一部放棄を認めることの必要性についての原告の主張は、到底認められるべきものではない。

2  特許請求の範囲一部放棄が認められないことについて

(一) (出願の放棄との関係)

特許法は、特許出願につき、「出願の放棄」を予定している(第九条、第一四条、第五二条第三項、第四項、第六五条の三第四項、第一九三条第二項第一号)が、特許請求の範囲一部放棄については何ら規定するところがない。

特許出願は、特許を受けようとする者が、特定の発明について特許庁長官に対し特許付与を請求する行為であつて、当該発明が特許登録要件を具備していることを出願人の意思表示のみでなく審査、審判の過程で明らかにしたうえで特許権の設定の登録がなされることを求める申立を文書(願書)ですることを要する(第三六条、第四九条)。そして、この申立(出願)は、発明ごとにしなければならない(第三八条本文)が、「特定発明」と同条所定の関係を有する発明については、「特定発明」と同一の願書で出願をすることができるのであり(同条但書の併合出願)、この場合、特許請求の範囲に記載された「発明の個数に応じた複数の特許出願が客観的に併合されているのではなく、その複数の発明が一体となつた一個の出願と解」され、特許請求の範囲に記載された二以上の発明のうち、その一の発明について拒絶の理由があるときは、その余の発明について判断するまでもなく、出願全部を拒絶すべきものとされている(東京高裁昭和四九年(行ケ)第九七号事件昭和五二年一二月二三日判決、東京高裁昭和五〇年(行ケ)第一〇七号事件昭和五四年三月二二日判決。なお、特許権の移転(第九八条)、取消し(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第一〇〇条)、いわゆる出願時点の繰下り(特許法第四〇条)等の関係でも出願は一体として扱われ、発明ごとに扱われるのは、第一八五条に定める場合と特許無効の審判の請求(第一二三条第一項後段)及びその取下げ(第一五五条第三項)の場合である。)。

してみると、出願の放棄とは、それが併合出願である場合でも、一個の出願が一体として放棄されることを意味し、一個の出願の一部のみが放棄されることは、法の予定するところではないと解すべきである。

これに対し、特許法は、原告主張の特許請求の範囲一部放棄については全く何も規定しておらず、このことと、次の(1)ないし(4)を併せ考えると、法は、右一部放棄については予定もしていないし、それができるように解する余地も全くないといわなければならない。

(1) 原告は、本件における特許請求の範囲一部放棄は、第(1)項の発明及び第(2)項の発明を出願の初めに遡つて撤回する旨の意思表示である旨主張する。

しかし、出願公告決定後に右一部放棄が原告のいう限度で認められるとすると、これは、特許請求の範囲の減縮に相当する効果を収めるから、手続上第六四条の規定が適用される場合と実質的に変わらないところ、同条所定の、第五〇条の規定による拒絶理由の通知を受けたときでもなく、特許異議の申立があつたときでもないのに、更に、指定期間内でもないのに、拒絶理由又は特許異議の申立の理由に示す事項以外の事項について、補正したことと同じ結果を招来する。そうすると、右一部放棄は、放棄に名を藉りた補正といいうるものであり、これが許されると、補正することができるとき及び範囲について相応の立法の趣旨により制限を加えている特許法の補正の制限の趣旨を超えて、実質的に補正と変わらない手続を別途認めることに帰し、同法の補正制度の趣旨を形骸化するものである(このことは、出願人が明細書等の内容を変更しようとするときは、特許権の設定の登録前にあつては、特許請求の範囲一部放棄などという出願人の一方的意思表示のみによる変更を許さず、時又は期間と範囲の両面から制限を受けた補正の申立及びそれに対する審査、審判を必要的手続とする法構造となつていることを併せ考えると、より明らかとなる。

(2) 原告は、東京高裁判決を援用して、特許請求の範囲一部放棄も、特許法に規定がなくとも、東京高裁判決が肯定する指定商品一部放棄が許されるのと同じ理由により許されると解すべきである旨主張するが、東京高裁判決は、本件と事案を異にし、適切ではない。特許法と商標法は、そもそも保護の対象を異にし、かつ、出願の対象の変更に関して、明細書、補正、出願の分割、訂正審判の有無等、各事項につき法の立て方、立法の趣旨、法の解釈、適用、実務等に差異がある以上、商標それ自体の一部放棄ではなく、商標を使用する一又は二以上の商品(法定の指定商品・有体物)の枠内で指定商品を減縮するにとどまる商標登録出願に係る指定商品の一部放棄と、特許出願に係る発明(自然法則を利用した技術的思想)の取扱いを同列に論ずること自体失当である。

(ⅰ)商標登録出願については、当該出願に係る指定商品の一部放棄を認める取扱いがなされてきたが、特許の事件において、特許請求の範囲一部放棄を扱つた先例はない。

(ⅱ) 原告は、併合出願は出願人において自由になしうるものであるから、その特許請求の範囲一部放棄も出願人の意思により自由になしうるところであると主張するが、なるほど併合出願にするかどうかは出願人の選択に任せられているとしても、それが特許法上成り立つかどうか、二以上の発明を特許請求の範囲一部放棄によつて分けることができるかどうかは、出願人の意思(選択、放棄)のみによつて決まるものではない。

東京高裁判決についていえば、商標法によれば、商標登録出願については、審決後であつてもその確定前であれば、当該出願Aの一部を複数の出願B・Cに分割し、もとの出願A及び必要としない商品を指定商品とした出願Bを取下げることにより、出願Cが成り立ち、したがつて、商標法の明文の規定に基づいても、東京高裁判決が認める指定商品一部放棄と同じ結果を招来することができるのであつて、結局、東京高裁判決の肯定した指定商品一部放棄は、中間手続省略論的な意義を有することになろう(なお、登録商標の不使用を理由とする商標登録の取消の審判では、審判請求をその請求に係る指定商品ごとに取下げることはできない。商標法第五〇条、第五六条第二項)。

これに対して、特許法には、補正と分割を除いては、出願の一体性を破ることを許容した規定はない。そして、審決後の補正と分割は、商標法のようには認められない。このことは、併合出願であつても変わるところはない。

更に、特許権の設定の登録後を含め、出願又は権利の対象を発明単位で変更しうると法が認めているすべての場合についてみても、原告のいう一部放棄に相当するものは規定されていない。すなわち、特許請求の範囲に記載された発明について発明ごとに加除したり放棄することができる場合としては、

(イ) 出願公告決定前にあつては、第一七条、第一七条の二、第四一条(商標法にはこれに相当する条文はない。)に規定する補正が審査によつて認められた場合

(ロ) 出願公告決定後にあつては、第六四条に規定する補正が審査によつて認められた場合

(ハ) 特許権の設定の登録後にあつては、発明ごとの放棄(第一八五条、第九七条、第九八条。ただし、遡及効を有しない。登録を要する。)又は訂正(第一二六条。商標法にはこれに相当する条文はない。第一二八条の規定により遡及効を有する。審判を要する。)が認められた場合がある。

まず、右(ハ)については、原告主張の一部放棄と第一八五条に規定する放棄とは、遡及効の存否の点で一致しない(しかも、同条は「みなし」規定である。)。そうすると、右一部放棄は、特許法にない新しい概念である(遡及効を認めるには、第一二八条のような規定が必要と考えられるところ、右一部放棄についてそのような規定は存しないから、原告の主張では何を根拠に遡及効を認めるのか判然としない。また、「出願の放棄」については、第三九条第一項ないし第四項の規定の適用について「初めからなかつたものとみなす。」(同条第五項)ことはないが、右一部放棄については規定するところがないから、どのような効力を有するものであるのか判然としない。)。

次に、右(イ)、(ロ)の場合、手続補正については、時、期間、範囲が限定されているうえ、その手続は、出願人の意思のみで完結するものではなく、審査、審判を必要的手続としている。これに対し、原告主張の一部放棄は、出願人の一方的意思表示のみで、右(イ)、(ロ)の減縮に相当する変更を、右(イ)、(ロ)では許されない時、期間にまで許容することになり(右(ロ)の場合について前記(1)で詳述したとおり。)、右一部放棄によつて惹起される次の(3)記載の弊害や、前記1のとおり時機に後れたものであることを併せ考えると、法律に規定がないのに右一部放棄を法定の補正、出願の分割の制度と並行させることは、特許法の立て方からみて、到底許されない。

(3) 特許請求の範囲一部放棄を認めると、以下のような弊害が生ずる。

(ⅰ) 特許査定がなされる以前にあつては、たとえ本件のように出願公告決定後であつても、特許請求の範囲に記載された発明は、法が特許権として出願人に認める権利の外延を未だ確定的に画したものとなつているものではないから、特許請求の範囲一部放棄をしたとしても、明細書の発明の詳細な説明に記載された右一部放棄に相当する事項を補正によつて削除しない限り、右一部放棄をした発明を、その後特許請求の範囲に記載することができる場合が生ずる。

(ⅱ) 併合出願について法定の「減縮」手続によつて特許請求の範囲の一項(特定発明)のみを削除した場合、その余の項に記載された発明が、第三八条但書所定の「関係」を有しないときがあり、その際には当該出願について拒絶の理由を通知しなければならない(第四九条、第五〇条。なお、訂正にあつては、第一六四条、第一二六条第三項)。すなわち、この場合の「減縮」は、明細書の加除修正(補正)を必要とするものである。

全く同様なことが、特許請求の範囲一部放棄によつても起こる。しかも、この場合には、法定の補正ができる時、時期を無視して、審理終結通知後、審判請求を取下げることができない時点で(第一五五条第一項、第一五六条第一項。なお、原告の審判請求は、審決後の右一部放棄により、審判請求時点とは異なるものを対象としていることになる。)、審理再開の申立(第一五六条第二項)もなく、なおかつ審決後という時期になつて、審決等に対する取消しの訴の有無にかかわらず、発生し(査定と審判請求の間においても同様。)、ひいては、審決等が中間手続化する(例えば、拒絶理由通知に相当するものとなる。)という著しい不合理な事態を惹起するのである。

この点に関し、昭和五三年東京高裁判決は、「願書に記載された指定商品について放棄した分を削除する補正のごときは、本来必要としないものと解すべきである。」と判示するが、商標登録出願の場合とはいささか異なり、特許請求の範囲に記載された事項を支持する明細書の発明の詳細な説明の欄や図面に記載された事項(こちらは、特許権の設定の登録とともに登録原簿の一部となる。特許登録令第九条。)を無視することはできないのである。

(ⅲ) あるものの一部を放棄するという場合、一般に、放棄される部分とその余の部分とは、互いに特定でき、区別できるものとなつていなければならない。その内容が明確に特定できない意思表示は、一般に、有効なものとは認め難いからである。ところが、原告のいう一部放棄の行為のみでは、明細書の発明の詳細な説明の欄の記載についての補正がない限り、少なくとも、その一部放棄によつて残された部分を明確に特定することができない場合が起こりうる。そして、審決後に右の補正をすることは、右一部放棄とともには、できないのである。

(ⅳ) なお、右(ⅱ)、(ⅲ)については、原告のいう一部放棄によつて、明細書の発明の詳細な説明の欄と図面に記載された事項中の当該放棄に相当する事項が、仮に右一部放棄とともに遡及的に撤回されたことになるとしても、「指定商品が二以上ある商標登録出願について、一部の商品について出願の放棄があつたときは、当該商標の指定商品が放棄した分を除いてその残部のものになることは自明」とする昭和五三年東京高裁判決をそのまま特許出願の場合に当てはめることはできない。

(ⅴ) 査定又は審決後に、補正の機会を得るため原告のいう一部放棄をなし、査定又は審決の取消しを得て、本来許されなかつた補正等を意図的に繰返すことを、法の定めなく許容することになる(原告のいう「放棄」を、特許請求の範囲に記載された一の発明又は複数の発明のすべてについてなした場合、発明の詳細な説明の欄と図面に記載された発明は存在し、特許請求の範囲の記載が存在しなかつたことになるから、結局、審決(又は査定)は、第三六条第二項第四号、第五項に規定する特許請求の範囲の記載を欠如した出願について、手続補正を命ずることなく、審理、判断したことに帰するのであろう。)。

(4) これまでの幾度かの特許法改正に際し、特許請求の範囲の一部放棄に関し種々の検討がなされているが、これについては法改正に至つていない事実がある(乙第一号証、第二号証)。

(二) (遡及効)

ある行為がなされたことによる法的効果は、特別の規定がない限り、当該行為によつて初めて発生するものであるから、放棄も、特別の規定がある場合を除き(第五二条第三項は、「出願が放棄されたときは、特許出願に係る発明の実施をする権利は初めから生じなかつたものとみなす。」旨規定しているが、特許請求の範囲一部放棄については規定していない。)、放棄の意思表示が特許庁に到達したときから将来に向つてその効果を発生させるものである。したがつて、原告主張の一部放棄は、右(一)のようにそもそも法の予定しないところであるうえ、その効果は出願時に遡及するものではない。

(三) (審決の違法性判断の基準時)

審決という行政処分が違法であるかどうかの判断は、特段の事情のない限り、行政処分がなされたとき、すなわち、審決時の事実及び法状態でなされるべきものであるから、右(二)と併せ考えると、本件のように審決書の謄本の送達後になされた特許請求の範囲一部放棄は、審決に何ら影響を及ぼすものではない。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(審決時における特許請求の範囲の記載)及び同三(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、請求の原因四の審決を取消すべき事由の有無について判断するに、原告が本件出願について審決後の昭和五七年九月一八日に本件放棄書を被告に提出したことは、当事者間に争いがないところ、原告は、右のとおり本件放棄書を提出して特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄したものであり、これにより、出願日に遡つて、第(3)項のみが特許請求の範囲の記載となり、第(3)項の発明しか存在しなかつたことになるにもかかわらず、審決は、第(3)項の発明について何ら判断しなかつたものであるから、判断を遺脱した違法があり、取消しを免れないと主張し、被告は、原告主張の特許請求の範囲一部放棄は特許法上の手続として認められないものであると主張するので、以下、この点について検討する。

1  前記争いのない事実並びに<証拠>を総合すれば、本件出願は、第三八条但書の規定に基づき、特許請求の範囲(1)ないし(3)の発明(ただし、出願時は、特許請求の範囲(1)ないし(4)の四つの発明であつたが、出願公告決定後の補正により第(4)項の発明を削除。)について同一の願書で特許出願をした、いわゆる併合出願であることが認められ、原告の主張する特許請求の範囲一部放棄は、「特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄する」というものであるところ、特許法は、右特許請求の範囲一部放棄について何ら規定するところがなく(このことは、原告も自認するところである。)、原告は、その性質について、第(1)項の発明及び第(2)項の発明を出願の初めに遡つて撤回する旨の意思表示であると主張するが、「特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄する」といい、第(1)項の発明及び第(2)項の発明を撤回するとはいつても、抽象的な記載である特許請求の範囲や自然法則を利用した技術的思想の創作である発明自体を放棄しあるいは撤回するということはありえず、その実、特許請求の範囲(1)及び(2)の発明(第(1)項の発明及び第(2)項の発明)に係る特許出願を放棄すること、すなわち特許出願の一部放棄に外ならない。

しかして、特許法は、一個の特許出願全体を放棄する「特許出願の放棄」を予定し、これに関する種々の規定をおいている(第九条、第一四条、第五二条第三項、第四項、第六五条の三第四項、第一九三条第二項第一号)が、特許出願の一部放棄については規定するところがなく、併合出願も、特許請求の範囲に記載された発明の個数に応じた複数の特許出願が併合されているのではなく、その複数の発明が一体となつた一個の出願であると解されるから、併合出願をされた複数の発明のうちの一部の発明に係る特許出願の放棄は、同様に、特許出願の一部放棄として、特許法上予定されておらず、認められないものといわなければならない。

原告は、たとえ特許法に規定がなくとも、法律理論上認められ、かつ、その結果不当に第三者の権利に影響を与えず、また、審査、審判における無用、余分な審理、判断を強いるものでない限り、当然に特許請求の範囲一部放棄を認めるのが、発明の保護を図るという特許法の目的に合致するものである旨主張するが、原告主張の特許請求の範囲一部放棄を実質的に考えてみると、それは、本件出願の明細書の特許請求の範囲の記載につき、出願公告決定後に、第(1)項及び第(2)項を削除し、第(3)項の一項のみとする補正、すなわち、第六四条第一項第一号所定の「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正と同じ効果をもたらすものと認められるところ、特許法は、同条同項所定の出願公告決定後の補正については、それが許される時期(機会及び期間)につき(事項についても)厳格な制限を加えているのに、かかる制限のない原告主張の特許請求の範囲一部放棄(特に、審決後であるから、仮に本件出願が昭和五〇年法律第四六号による改正(昭和五一年一月一日施行)後のものであつたとしても、右改正によつて追加された第一七条の三(審判請求時の補正)も、適用がない。)を、同法に規定がないにもかかわらず、同法上の手続として認めることは、同法が出願公告決定後の補正について厳格な制限を加えた趣旨を没却することになり、到底採りえないところである。もとより、特許法の目的は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与すること」にある(第一条)が、出願人が発明につき特許を得るについて一定の手続によるべきことを要求し、手続の円滑な進行及び第三者の利害との調和の観点から各種の制限を加えることは、それが著しく不合理であり、出願人に酷である等の格別の事由のない限り、何ら右発明の保護という目的に背馳することにはならないのであつて、出願公告決定後の補正について右のような制限を加えること、あるいは、原告主張の特許請求の範囲一部放棄は特許法上の手続として認められないとすることは、右のような格別の事由があるとも認められないから、原告の主張は採用しえない。

なお、原告は、本件事案のような場合の救済手段として、特許法は出願の分割(第四四条)の方法を設けており、昭和四五年法律第九一号による改正(昭和四六年一月一日施行)前は、本件のように審決後でもその確定前は出願の分割の方法により救済される余地があつたが、右改正後は、同条第一項で、出願の分割の時期的制約として「補正をすることができる時」と狭く限定したため、右改正規定の適用される本件出願の事案では、この出願の分割の方法によつて救済を受けることはもはやできなくなつてしまつたとして、特許請求の範囲一部放棄を認めることの必要性を強調するが、もともと、出願の分割の制度は、本件事案のような場合の救済手段としてではなく、一発明一出願の原則を定めた第三八条の規定に違反する場合に、これを補完する機会を出願人に与える点に重要な意義のある制度であるのみならず、右のように特許法の改正により出願の分割ができる時期を狭く限定したことが、格別不合理であるとも、出願人に酷であるとも認められないから、右改正がなされたからといつて、前示のように特許法の補正の制限の趣旨を没却することになる原告主張の特許請求の範囲一部放棄を、明文の規定もなく認めるべきであるとする根拠とはなしえない。

2  原告は、特許請求の範囲一部放棄は商標登録出願における指定商品一部放棄と性質が似ているとして、右指定商品一部放棄を肯定した東京高裁判決は、商標法に規定がないのに指定商品一部放棄を肯定できることの根拠を、指定商品の指定が出願人の意思により自由になしうるところに求めているが、第三八条但書の規定に基づく併合出願は出願人において自由になしうるものであるから、特許請求の範囲一部放棄も、特許法に規定がなくとも、同じ理由により許されると解すべきであると主張するので、付言するに、そもそも、併合出願にするかどうかは出願人の選択に任せられているとしても、それが特許法上成り立つかどうかは、出願人の意思のみによつて決まるものではなく、審査、審判に服するものであるから、併合出願が出願人において自由になしうるものであるからといつて、直ちに、特許請求の範囲一部放棄も、特許法に規定がなくとも許されると結論することはできないし、原告の拠とする右指定商品一部放棄自体についていえば、審決がされて手続の補正をすることができない時期に至つて二以上の商品を指定商品とする商標登録出願について指定商品の一部放棄をしても、指定の一部を除外して残余の商品に指定商品を減縮し、その効果を商標登録出願の時点に遡及させ、減縮した商品を指定商品とする商標登録出願にする効果は生じないものと解するのが相当である(最高裁昭和五六年(行ツ)第九九号事件昭和五九年一〇月二三日判決・判例時報第一一三四号第一三九頁参照)から、右主張は採用の限りでない。

3 結局、原告主張の特許請求の範囲一部放棄は、特許法上の手続として認められないという外はない(したがつて、被告が昭和五七年九月二二日付でした本件放棄書の不受理処分(<証拠>によつて認められる。)は正当である。)から、本件放棄書を提出して特許請求の範囲(1)及び(2)を放棄したことにより、出願日に遡つて、第(3)項のみが特許請求の範囲の記載となり、第(3)項の発明しか存在しなかつたことになるとの原告の主張は採用するに由なく、そして、併合出願も、複数の発明が一体となつた一個の出願であつて(前記1のとおり。)、その一の発明について拒絶の理由があるときは、その併合出願全体を拒絶すべきものであるから、審決が、第(1)項の発明は、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないので、本件出願については、第(2)項の発明及び第(3)項の発明について判断するまでもなく拒絶すべきものであるとしたのは正当であつて、判断を遺脱したとの非難は当たらず、審決には、これを取消すべき違法の点は存しない。

(秋吉稔弘 竹田 稔 水野 武)

図面(一)、(二)<省略>

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